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遺伝子検査-確率の世界とのつきあい

安藤寿康


「天気予報」というと、昔は「当たらないもの」と相場が決まっていたのですが、最近は驚くほどよく当たるようになりました。きょうもきのうの予報どおり、午前中やや肌寒く、昼過ぎから汗ばむような暖かい日差しが照ってきています。ここまで的中させられるようになるまでの研究者たちの努力には頭が下がる思いです。



しかしそれでも雨が降るか降らないかは「確率」で伝えられます。「本日の降水確率50%」といわれると、傘を持つかどうかの判断に迷いますよね。これが「0%」や「100%」ならば何も迷いません。「10%」「90%」でもほぼ決心がつくでしょう。しかし50%程度だと、降らないほうに賭けて傘なんか持たない人もいるでしょうし、念のため一応持っておこうという人もいるはずです。


その決断はあなた次第、状況次第。


いつも折り畳み傘を持って出かける人や、土砂降りになっても付き人がサッと傘を差し出してくれる身分の人には、天気予報の情報は無用です。ちょっとくらいなら濡れてもかまわないという人なら70%でも傘を持たないでしょうし、絶対に濡らしたくない服を着ていく必要のある時は10%でも持って出るでしょう。悔しいことに、確率で言われる限り、0%や100%でさえなければ、結果的に降っても降らなくても天気予報は「当たり」なのです。しかもはずれた人に対する被害の責任を気象庁は負ってはくれません。


しかしだからといって、気象庁は決して無責任を決め込んでいるのではありません。少しでも精度をあげようと科学的研究を積み重ねた結果、今日の的中度にまで高まり、多くの国民の行動計画を左右し、大きな経済効果を生んでいるはずです。そして科学的であろうとするからこそ、あえて「確率」という表現で降雨予測を発表するのです。これが占いとちがうところです。もし”銀座の母”が「あなたの恋が実る確率は68%です」などと言い出したら、もはや占いのありがたみはなくなるでしょう。


遺伝子検査も似たようなものです。


遺伝子検査はあなたにいろいろな病気にかかる確率を知らせてくれます。0%で絶対にならないとも言ってくれなければ、100%で確実になりますとも言わない。遺伝子検査は科学を装った占いに過ぎないといわれますが、しかし占いとちがうのは、そこに膨大な調査データから統計的に算出された確率情報が伴われている点です。最終的にその病気になってもならなくても、だれもその責任はとってくれません。その情報からあなたがどういうアクションを取るかは、あなた次第、あなたの置かれた状況次第です。


ただし天気予報とちがうのは、それがみんなに一律の情報ではなく、ほかならぬあなた自身についての確率情報だということ。ここであなたは自分自身のこれまでの生活や今の価値観やこれからの覚悟、そう、あなた自身の人生全体を考え直す機会に直面することになります。


さあ、あなたは傘を持って出ますか? それとも手ぶらを決め込みますか?


#遺伝子検査